stray sheep




 ずっと側にいると思っていた。
(思い込んでいた)(思い続けてきた)
 いつまでも共にいるのだと、まるで当然のように。


 夜毎に、日毎に、耳の奥で声がする。
(――伊烏さん)
 昔、そう呼んで後をついてきた子供がいた。
(覚えている。思い出す)(声も、仕草も、笑顔も、すべてを)
 思い出と呼ぶべき日々は、今も色褪せず胸の奥にある。
 かつて誰も目にかけなかった拙い剣を、なぜか憧憬と呼んだ子供がいた。
(おれはまだ、あなたの背中を追える)(師範代――先生)
 幾度となく何度となく繰り返す。まるで傷に刃を突き立てるように。


 ――――伊烏。


 ずっと側にいるのだと思っていた。





 あの子供は何処にいった?





 ずいぶん遠くまで来たものだ、という感慨のみが胸に宿った。
 だが、仇討ちに憑かれた復讐鬼に、懐かしむ故郷など既にない。
「はあ、それで人探しですか」
 飄々として印象の希薄な、とらえ所のない男だった。
 言葉少なに因縁を語った新参者に、まるで井戸端の世間話でもするような、間延びしきった声を返す。
「いやあ、けど貴方を見てると」
 こりこりと顎をかきながら、あくまで道化めかした態度で続けた。
「どっちかって言うと“探し物”って言うより、“失せ物探し”に見えますよ?」
「……何が言いたい」
 我知らず柄を掴んだ手に力がこもる。
 おお、こわ、と機敏に察した糸目の男は、半歩飛び退って、わざとらしく難を逃れた。
 狐か狸に、印象が似ている。
「それにしたって、随分ややこしい生き方ですねえ」
 それだけ言って肩を竦めると、「迷子の迷子の武田さん、あなたのおうちは何処ですか」とデタラメな童謡を口ずさみながら歩き出した。
(失し物。失し者。無し者。亡し者)
 四年前の、あの日。
(奪われたのは、殺されたのは、亡くしたのは)
 恋し敬慕した唯一の女性と、後を追ってきた唯一の子供だ。
(師範代――先生)
 幾度でも、何度でも、夢に見る。
(四年前に死んだのは、無二の友であった武田赤音だ)
 四年前、殺したのは。



 武田赤音。
 命を賭しても断罪すべき殺人者だ。



(――何処にいる?)
 まるで風の行方を探るように、途方もなく見つけ難い探し物。
(だが、呼ばれている)
 その確信は揺るぎなかった。
(呼び続けている)(待ち続けている)
 夜毎に日毎に、繰り返す声が。何度も、幾度も。



(――――伊烏)



 探したいのは、何だ。
 捜したいのは、誰だ。


(声も、仕草も、笑顔も)(覚えている。思い出せる)


 何を失くした。
 何を無くした。
 何を亡くした。



 ―――――伊烏。



 この手で殺める為に探し出すと決めた。
(憤怒と焦燥)(絶望と苦悶)(憎悪と妄執)
 飢えるように、渇えるように。



 誰を。



 思い出と呼ぶべき日々は、今も己の中にある。
(――伊烏さん)
 幾度も何度も、繰り返す。まるで白刃を突き立てるように。
(おれはまだ、あなたの背中を追える)
 呼ぶな。
(師範代――先生)
 待つな。



 ―――――伊烏。



 声は繰り返す。夜毎に。日毎に。





 あの子供は、何処にいった?