【残花】,弐 |
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「あぁ、頼む」 答えると同時に、一輪は少しだけ微笑んだ。それからふふんと笑うと勢いよく赤音の前に座った。短い服の裾から伸びる足を、惜しげもなく胡坐に組む。それから腕を組むと自信有りげに言った。 「言っておくけれど、私は強い。覚悟しておくといい」 紅い目が笑っていた。そういえば彼女とは一度も将棋を打った事が無いことを思い出す。自分と、伊烏ほど将棋に長けた人間はあの道場にはいなかった。満足のいく勝負に至った事は少く、おのずと繰り返し二人で打ってきた。互いの手を憶えるほど繰り返し、互いがいなくともその手が分るほどに幾多の勝負を共にした。あれほど長けた相手は彼しか知らない。しかし、何でも遊びには長けていそうな彼女のことだ。期待はかなりすることができた。 「あんたがそれだけ言うってことは相当なんだろうな。けどな、こっちだって相当だ。簡単に勝てると思わねぇほうがいいぜ」 半ば本気になって盤の前に構える。しかしその瞬間、整然と並べられていた駒を彼女は勢いよく掴み、突然手許に集め出した。乾いた駒が音を立てて鳴る。鼻歌なぞを調子よく歌いながら、一輪は器用にせっかく整然と並べられた駒を思いっきり崩していった。 「――――は?」 唖然とする間もなく、彼女はかき集めたそれを両手で掬い上げ、盤の上に一気に落とした。喧しい音と共に駒の山ができる。乱雑に積み上げられた山を見て半ば硬直した赤音に、臆面もなく一輪は言った。 「実はこれしか、知らないんだ」 ――――――崩し将棋。 【普段、駒を入れている四角い箱に駒を詰めて蓋を開けておく。駒を詰めた箱に盤で蓋をした後、中の駒が出ないように裏返してそのまま机などに置く。そして駒が崩れないようにゆっくりと箱を上に持ち上げて、山を作る。この駒の山を使って行う、山を崩した者が負けのごくごくシンプルなゲームである】 「じゃあ、まずは私からな」 黙った彼を置き去りにして、一輪は嬉々として駒を取り始めていた。 |